Crucial Moment 「くーれーふッ!」

仕事場に入ってきたウミの声に心が一瞬大きく跳ねた。

「・・・。」

謝らなくては、昨日またしても約束をすっぽかしたことを。

持っていた筆を置き、恐る恐る振り返った。今日もまた泣きそうな彼女を見なければならないのか。



「ウミ、昨日はわるかった。」

いつものように、いつもの言葉で謝罪を切り出す。ウミの見て頭を下げたまま、反応を待つがそれがない。

まずいな、とゆっくり顔をあげると約束を破られるといつも怒った顔をして立っている彼女、それが今日は様子が違う。

目の前には張り付けたような笑顔のウミ。作りモノのとても綺麗な笑顔。

その笑顔を前になんだろうこの悪寒は、背筋がぞくぞくする。



「これね、クレフにプレゼントよ。」

文末にハートが何十個も付きそうな甘い声で、叩きつけつように投げつけられたのは紙くず。

そしてすかさず部屋を出て行ったウミに放心状態。

廊下にむかって走り出したウミの背中を点になった目が見つめる、そしてゆっくり投げられた紙くずに移動。

「何なんだ、一体。」

床に転がる紙くずを開く、それは2枚。





一枚目はウミが予約していたらしい城下町の酒場の予約確認書。

間違いなく昨日の日付で2人席が予約されていた。

昨日の夜は空けると約束していた時間帯、彼女がまさか食事の予約をしていたとは考えもつかなかった。

「・・・最悪だな、私は。」

おそらく長く一人で待っていたであろうウミの姿を想像して頭を抱えた。



くしゃくしゃになった確認書を握りしめ、もう一枚の方を読み始める。







クレフ、気にしてないわ。あなたが忙しいのはいつものことだし、来ないかもって思っていたから。

あなたが来ないことを確信して、あなたの代りにアスコットを呼んだから。

そうよね、私達別にフェリオや風のように恋人同士じゃないもの。

デートの約束を破られたくらいで、傷つかないから大丈夫よ。

ねぇクレフ、本気で追いかけっこをしましょう?

あなたに与えられた猶予は3日間。

見つけられなかったら、絶交よ。

言ったわよね、私、約束を破る人嫌いだわ。







最後まで読む前に、ウミが出て行ったドアに脚が走り出す。

まずいな、本気で怒らせた。

「ど、導師!?」

前を行くプレセアをすごい勢いで追い抜き聖獣を呼んだ。

聖獣の森に2人で散歩に行くことが多く、獣たちは彼女に懐いている。

おそらくウミを背中に乗せ、隠れ場所に向かっているだろう。

「悪いプレセア、3日間仕事はなしだ。」

南の空から飛んできたフサフサした背中に跨り、プレセアに有無を言わさず空に出た。



















「あーははははは!大成功やね。」

窓から西へ飛んでいくクレフを見て、腹を抱えて笑うのはカルディナ。光、風、プレセアも集まり頷いた。

「本当にこれでよかったのかしら。」

作戦を考えたのはカルディナだったといえど、実際に紙を投げつけたのは自分だ。

ウミは俯き、後悔の表情を見せた。

「導師には気の毒だけれど、当然の報いよ、ウミ。」

プレセアが珍しくクレフと対抗の位置に立つほどに、クレフが昨日すっぽかした約束は彼女にとって大事なものだったのだ。

「ヒカルとグビっと一杯やろうと思って酒場に入ったら、ウミが一人窓際の席にかけててなあ。事情聞いたら導師はんやて言うから来ない人間は置いといて3人で呑んでたんや。」

「ま、3日うちの部屋に閉じこもってズタズタになったとこを迎えにいってやりぃな。きっと反省してるで。」

ええ、ありがとう。苦笑いする海に一同は正直なところ感心を隠せない女性陣。

お互い恋人だと断言していない2人だが、関係は周囲が認める事実。

2人に自覚がないだけなのか、言葉が足りないだけなのか、それは当事者にしか分からないことだが、この2人をみているとうずうずする。

悪く言えば微妙な関係を利用して約束を破り毎回のように彼女を泣かせる彼の方を責めたくなる自分達は親ばかのよう。

どうだろう、もし好きな人が毎回のように約束を破ったら自分は彼女のように冷静でいられるだろうか。

ウチは無理やね、カルディナはそう心の中で呟いてクレフが飛んで行った西の空を見つめた。

自分達が図ったこと、だけどきっとクレフはウミを見つけ出してくれるから行動に移したこと。

こんどこそ彼女を大切に思ってくれることを願って女性陣が行ったこの作戦。

導師には後でしこたま怒られよう、そう覚悟した。


・・・導師はん、微妙なあんたらの関係もここらが正念場やね。














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